今回は、『「利他心」だけでは成功しない理由とは?「自利心」も大切にしよう!』をテーマにお話していきます。

ビジネスシーンでよく聞く言葉の1つに「利他心」があります。

僕が会社員だったころ、役員が退職した時に「仕事には利他心が大切だ」という言葉をいただきました。

聞いた時には「いい言葉だ」と思ってたんですけど、時間が経つにつれ違和感を感じるようになったんですよね。

「利他心」だけ大事なら、ボランティアが一番良いことなのではないかと…。

そこで僕は大学時代の友人がお坊さんだったので、この疑問を聞いてみました。

そうすると友人は「利他心」の考え方の基本的な部分に「自利心」があることを教えてくれたんですよね!

「利他心」とは?

まず、「利他心とは?」についてお話していきます。

「利他心」とは、「自分の利益よりも相手の利益を優先する」という考え方です。

実際に、僕が会社員時代に聞いた時も「自分の利益よりもお客さんの利益や取引先の利益を優先することが大切で、そうすれば最終的に自分の利益になる」という話でした。

相手の利益を優先することで、自分の利益になるというのは素敵な考え方だと思います。

ただ…。

実際の「利他心」の意味は、あくまでも「自分の利益よりも相手の利益を優先する」ということ。

なので、「利他心」には自分の利益になるという意味は全くないんです。

「利他心」だけでは成功しない

「利他心」とは、自分の利益よりも相手の利益を優先することです。

なので、「利他心」だけではビジネスシーンで成功するはずがありません。

というのも、「利他心」が最重要なら世の中すべての会社はボランティア活動をすべきですよね。

自分の利益などを一切求めず、相手の利益になることだけをして、対価(お金)はもらうべきではないです。

自社商品やサービスをお客さんに無償で提供してこそ、本当の「利他心」です。

大袈裟だと思うかもしれませんが、実際に友人に確認したところ「利他心だけなら、その解釈で問題ない」という答えが返ってきました。

なので、利他心だけではビジネスで成功を収めることなど出来ないんです。

「自利心」も理解しよう!

「利他心」を語るまえに「自利心」が存在します。

つまり、「自利心」があってこその「利他心」ということです。

では、「自利心」とは何かというと「自分で修行して、利益(りやく)を1人で受けること」です。

知識やスキルを身につけたり、資格取得するなどして、それで得た利益をまずは自分のモノにするということですね。

一見すると「自利心」と「利他心」は対極の言葉ではないかと思いますが…。

そうではなくて、「自利心」の上に「利他心」があるんです。

 

『自利心』と『利他心』の関係性

☓自利心≠利他心

◯自利心の進化系が利他心

 

どういうことかと言うと…。

お坊さんは「悟り」を導き出すために日々修行をしてます。

そして、修行で得た「悟り」を一般人に対して「講話」という形式で伝えています。

でも、一般人がこの「講話」を聞くためには「お賽銭」や「お布施」を支払いますよね。

その「お賽銭」や「お布施」を利用して、お坊さんは「修行」を続けていきます。

これが本来のあるべき「自利心⇒利他心」です。

つまり、修行して「悟り」を見つけ、それを誰かに提供して、その結果「利他心」に繋がってるということ。

ビジネスシーンに置き換えてみると…。

徹底的に「商品」や「サービス」について考えて、それが誰かの「利益」や「価値」に繋がり、対価を貰うということです。

なぜ「利他心」は間違った解釈をされてるのか?

本来の「利他心」とは「自利心」がベースにあります。

では、どうして「利他心」のみが先走ってしまったのか?

それは「利他心」をベースにした「商品」や「サービス」の開発が大切だという考え方に転換されたからだと思います。

「相手の利益を追求した商品やサービスを開発していこう!」みたいなイメージですね。

これはこれで素敵な考え方だと思います。

だけど、本来の「利他心」ではありませんよね。

「利他心」とは、相手の利益だけを追求することで、自分の利益は一切求めないということ。

対価を求めるのであれば、それは「利他心」とは言えないんです。

「自利」も「利他」も大切

今回は、『「利他心」だけでは成功しない理由とは?「自利心」も大切にしよう!』をテーマにお話しました。

稲盛和夫氏が公言してるように「自利」も「利他」も大切です。

ただ、それは本来の仏教用語の意味での話。

徹底的な「自利」を求めるからこそ、結果的に「利他」になるのです。

 

 

 


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